デラ・クルーズ イングリッシュクラブ
無料体験レッスン
申し込み


購読無料まぐまぐメルマガ
ジュリータの英会話成功法

英会話力とビジネス力アップを支援し、あなたの人生を成功に導くメルマガ

メールアドレスを入力してボタンを押すと登録・解除ができます。

e-mail:

e-mail:
過去のメルマガ配信ページへ

受講生の声
吉崎有香さん DCECは必ず私の夢をかなえてくれると信じています。
吉崎有香さん

マネジメント
President 佐々木良介
President
佐々木良介

講師(ガヴァネス)紹介
Ms.Riza 初めての
日本の
タクシー

Riza

スタッフ
五十島由美 笑顔が人気
五十島由美


5回完結無料メールセミナー「右脳と英会話」申込み

e-mail:


 

外国人講師から見た日本


                       "Let me share with you."

外国人は日本に来て、日本や日本人についてどのように感じているのでしょうか。

そして、日本でどのように暮らしているのでしょうか。皆さんの興味あるそんな事を英会話スクール・デラ・クルーズのガヴァネス達に語ってもらいました。

また、逆に日本人スタッフから見た彼女達の日本人と違うところも取り上げてみました。

◆Marieの日本の印象

私はまだ日本に来て半年しか経っていないので、日本について驚く事ばかりの毎日をおくっています。

日本に来て実際に生活してみて驚いた事は、日本の文化は世界の中ですごくユニークだという事です。

1.独自の言葉を使い(exclusive language)
2.挨拶の時もシェークハンドではなくお辞儀をする(bow)
3.家に入ると靴を脱ぐ(take off shoes)
4.そばやラーメンを食べる時、音をたてる(slurping of noodles)

そして文化ではないですが、日本は本当に老人が多く日本が長寿国ということ感じました。

私たちの英会話スクールは埼玉の大宮にありますが、私は変化に富んだ東京が好きでよく東京に行きます。その東京の中に浅草寺のような歴史のある伝統的な雰囲気の場所と六本木ヒルズのような近代的で魅力的なショッピングエリアなどが同時に存在するというコントラストはすごく印象的です。

でも、私は日本に来るはるか前から日本に親しんで来ました。それは、子供の頃からハローキティやマイメロディが大好きでそれらのキャラクターのついたいろいろなものを宝物にしていたからです。

◆日本人は誉められるのが嫌い?

今、私は英会話を日本の方たちが修得するお手伝いをしているので、英会話のレッスンの中で日本の皆さんといろいろな話を致します。そのような時、日本に来て最初の頃戸惑ったのは、なにか相手を誉めたときに帰ってくる答えに対してでした。
例えばセンスがいいなと思うような洋服を着ている女性に会った時に

「素敵なお洋服ですね」とか「センスがいいですね」と言うと「いいえ、そんな事ありませんよ」と答えが返ってくることです。

私だったら満面に笑みをうかべて

"Thank you."

と答えます。

どうして「そんな事ありません」と答えるのでしょうか。

◆We Japanese

日本の人たちと話をしていて気が付くのが、みなさんよく

"We Japanese...."

と言います。日本人は連帯の意識が強いのでしょうか。
私たちは国が同じでも一人一人はそれぞれの意見も違えば、意識の上でも自分の個性をしっかり持ちたいと思っています。だから同じ国の人を一括りにして

"We ....." とは言いたくありません。

日本人でも一人一人と話をすると色々な人がいます。優しい人、乱暴な人、はっきりしている人、シャイな人など個性ははっきりしていると思うのですが、それなのに

"We Japanese...."  ????

◆日本の食事について by Veena

私が日本が好きな理由の一つが日本の食べ物がおいしいことです。

私は日本のすしとてんぷらが大好きです。
たとえばすし。トロ(fatty meat of tuna)、サーモン(salmon)、ほたて(scallop)、そしてあなご(conger eel)。ほんとーにおいしいので、毎日食べても大丈夫です。
実際、私はDCECの隣にあるおすし屋さんの常連です。

でも日本の人が好きなうに(sea urchin)やいくら(salmon roe)はちょっと苦手。いか(squid)もガムみたいであまり好きじゃありません。

また、日本の調味料(seasoning)やすし以外の食べ物も好きです。

日本の調味料はすばらしい調味料が多いと思います。特にしょうゆ(soysource)はrich&tastyで、すしや刺身(raw fish)を食べる時はもちろん煮物などもおいしくいただきます。煮物と言えば酒(rice wine)やみりん(sweet rice wine)も欠かせないですが、そのsweetness & sourness がおいしいですよね。

そしてしょうが(ginger)。肉料理にしょうがとしょうゆ、他の調味料なども加えて料理したその味のバランスは最高です。ほかにもナス(egg plant)とピーマン(green pepper)とひき肉(minched meat)の味噌(soy bean paste)いためもヘルシーで大好きです。

 

◆Japanes English ”家のおばあちゃん”

私が初めて日本に来てから5年ほどたちました。
その間、日本の街にも英語の表示や英語のアナウンスなどが確実に増えて来て、だんだん私たち"Gaijin"にも住みやすくなってきました。その一方で私も少しずつ日本語がわかる様になってきたら、逆に変な事も起こってきます。

これは、先月DCECの近くのLOFTを歩いているときの事でした。
LOFTのBGMでなにか聞こえてきます。なんか変だなと思いながらよく聞いてみると
”イエノオバアチャン〜♪”って歌ってます。

でもそんなわけ無いわねと思ってもう一度よく聞くと

”イエノバーゲン〜♪”

なんだ、住宅のバーゲンセールやってるのか、と納得してオフィス向かいました。オフィスでその話を他のガヴァネスにしたら、ステファニーは
「エッ!あれってYellow burger っていってるんじゃないの?どんなハンバーガーなんだろう、今度食べてみよう!と思っていたのに」と言います。

それを隣で聞いていたユニースは自信満々に言いました。
「あなたたちまだまだ日本語がわからないのね〜。あれは、 ”アリガトゴザイマ〜ス♪”って言ってるのよ。だって、お客さんに感謝してるんでしょ。」

デスクでパソコンに向かいながら仕事をしていたミスター島は、もうその頃にはおかしさをこらえきれずに、大笑いしています。

「あれは、LOFTのバーゲンの告知をしてるんだよ。LOFTのテーマカラーは黄色だろ。だから、”Yellow Bazaar〜♪”って歌ってるんだよ。」

(3人そろって)「えー!!あれって英語だったのー?」

日本で生活していて不思議な事。時々日本人にしかわからない英語が存在している事。そういえば、前にも駅の表示の英語の意味がわからなくて、それをパトリシアがメモしてきて、島さんに聞いたら
「あー、こういう意味だよ。」ってすぐわかった事もあったっけ。

 

◆規律正しいすばらしい国日本 by Rose

日本に来て、私達ガイジンが驚く事のひとつに日本人は総じて非常に規律正しいという事です。現在の日本は景気があまりよくないのでみんなが自信を失っているように見えますが、この、規律が正しいということは世界に誇れる日本のすばらしいところだと思います。

例えば、電車に乗ろうと駅に行ったときなどに日本人の規律正しさを感じます。

●エスカレーターは右をあけて

エスカレーターに乗ると止まって乗っている人はみんな左側に立って、右側をあけています。そのあいている右側を急いでいる人たちが、どんどん上って行きます。これは、別に法律で決まっているわけではない無いそうなのでそうしなかったからといって罰せられる分けではないのに、ほとんどのエスカレーターでみんなそのルールに従っています。
(聞くところによると大阪では逆だそうです。なんでなのでしょうか。これも日本の不思議のひとつです。誰か知っている人がいたら教えて下さい)

これはとてもびっくりしました。

でも、このようにすると絶対効率的ですし、一人一人が気持ちよく過ごせますよね。


●電車に乗るときは列に並んで待って、降りる人がすんでから乗る

これも、日本ではよく見られる光景ですが、世界ではわれ先に乗り込もうとするところが多いと思います。結局、みんなが整然と乗り降りするので時間どおり電車も運行できるのだと思いますし、朝晩の通勤ラッシュの時間でもこんなに時間どおりきちんと電車が来る国は他に無いと思います。

私は東京に住んでいるので、最初は人が多い東京だからなのかと思っていたのですが、DCECがある埼玉の大宮駅でも同じでした。
(でも、埼玉でも大宮は本当に人が多いですね。英会話のレッスンが終わって帰る夜10時過ぎでも、大宮駅のコンコースは人であふれかえっています。)

きっと、この規律正しさが積み重なり、日本が世界第2位のGDPを誇る国になった一つの大きな要因なのだと思いました。
 

◆"Yes, teaching should be fun."   by Noeme

 

Should teaching be fun? You bet!
Teaching should be fun for the students as well as the teacher. Students should always look forward  to attending class because it is interesting,
entertaining, and engaging.
Teachers should stimulate and sustain students’ desire to learn by encouraging them to try their best.
When preparing the lesson, the teacher should consider how to make it fun for himself/herself as it translates
into fun for the students.

Is teaching at Dela Cruz English Club (DCEC) fun?
Definitely!
It’s more than fun. In my six months as governess at DCEC, I have never experienced any dull moments with my learners. Every class, every learner offers a different kind of enjoyment and entertainment.
From the start of the class, as each one talks about his/her week, reads the dialogue and useful expressions,
learns new words and phrases, shares his/her views about the given topic, and does the role playing activity,
to the end of the lesson as he/she copies the homework and next week’s coverage, there would always be amusing moments that bring smiles and laughter inside the room. There would always be humorous situations that break the ice, thus creating a more relaxed atmosphere during the lesson.

Teaching at DCEC is more than fun. Teaching at DCEC is rewarding. The rewards are the new found friendship among the governesses and the learners. At DCEC, we don’t just treat our learners as students, they are more than our learners. They are our friends, even our family members.
They are our sisters, brothers, fathers, mothers, uncles, aunts, cousins.

The rewards are the invaluable information shared by our learners about Japan - the must see places with hot springs, waterfalls, beaches, shrines, temples; the many festivals and celebrations like hanami, Golden Week, hana-bi, bon festival, summer festival; the unique arts and culture like tea ceremony, kabuki, calligraphy, bonsai, flower arrangement; the delicious food like sushi, sashimi, udon, yakitori, soba; and, of course, the controversial politics involving former Prime Minister Shinzo Abe, new Prime Minister Yasuo Fukuda, political parties like Liberal Democratic Party (LDP) and Democratic Party of Japan (DPJ).

The rewards are the learners themselves whose thoughtfulness, warmth, openness, and positive spirit make every class at DCEC a beautiful experience to cherish for a lifetime.

Yes, teaching should be fun. It sure is at DCEC!
“Have fun in English with us!

 

 

Enjoying Japan’s Convenient Lifestyle  by Pie

This isn’t my first time in Japan but from the time I first stepped in Japanese soil in 2000 up to the time I flew in last May, Japan has never failed to live up to my expectations:enjoyment of a lifestyle that is convenient and hassle-free.

Every where, streets are dotted with vending machines;every corner or two has a convenience store;public payphones are within reach;restaurants of the yummiest ramen, gyoza, sushi and the like are in our midst, often closing at the wee hours of the morning;the rail system is efficient, almost always on schedule;and the roads are safe.Supermarkets offer cooked meals, salads and sandwiches that a tired, weary soul could enjoy anytime (without having to undergo the rituals of preparing a filling meal).

Despite the distance from loved ones a thousand miles from Japan, communication is made easier because one could easily get connected to the Internet fast.Mobile phones shops readily provide pre- and post-paid services so people can get in touch with each other.The application process doesn’t take much of one’s time, and in less than an hour, you leave the shop with a phone and endless means of communicating:by email, voice/video calls or SMS.

When I am too tired to cook dinner after a day’s work, I simply have to get some salad and sandwich from the supermarket.It saves me the trouble of preparing and cooking.I can enjoy the rest of my evening, eating while keeping in touch with my loved ones online.Whether I crave for sashimi or decide to go Chinese or eat pasta, there is around the bend or in the next street or station.

I take the train everyday, almost always, on schedule.I was never late on appointments nor thirsty since I can simply grab a drink from the vending machine.When my mobile phone battery is on low, there is phone booth at the corner --- and I can readily make that international call to home.

 Life is a breeze here in Japan.Almost everything is within reach, accessible and comes handy.Now, I wonder, what could be the next item to be sold in a vending machine?Foldable umbrellas?

 

 

 

◆すてきなディナー Gina

こんにちは。ジーナです。
数ヶ月前に、DCECのメンバーでお邪魔させていただきました料理研究家のアケミさん。今回もアケミさんのご好意に甘えて、ディナーに招待いただきました。
私は今回が初めての訪問だったので、ドキドキワクワクしていました。

アケミさんは外国からのVIPのおもてなしをしたり、講演などにも招かれる料理研究家で、しっかりとしたマナー、作法を
身につけていらっしゃるとても素敵な方です。

その日もアケミさんと素敵な夜だったことは言うまでもありません。
アケミさんにご用意いただいたお料理は、とても豪華で本当に美味しいものばかりでした。もし私が料理の判定者だったら、間違いなくA1(最高クラス)をつけていたことでしょう。
私のお腹はいっぱいになり、そして私の魂も満たされました。^_^

パーティの初めから終わりまで、次々と美味しいお料理がでてきました。
私がそのメニューをリストアップしたら、今回来られなかった人達はうらやましく思うことでしょう。

オードブル:マリネーサーモンのサワークリームディップ添え
       ワカモレ(メキシカンアボカドサラダ)と
       トルティーヤチップス
パスタ:明太子クリームスパゲッティ
グリーンサラダ
メイン:チキン腿肉のワイン蒸しと夏野菜のトマト煮
デザート:パンナコッタとアプリコットのコンポート
ローズヒップティ

ふ〜。今思い出してもお腹がいっぱいになりそうです。
実はオードブルをいただいた時に既にお腹がいっぱいになってきてしまい、これから出てくるお料理が食べられなくなってしまうのでは〜、と少々焦りました。
それにおいしいお料理をじっくり味わおうとしていたためか、食べ終わるのは私がいつも最後になってしまいました。
食事の最後はもちろんデザートですよね。いただいたパンナコッタの上にはアケミさんがご親戚の方からいただいたというフレッシュなアプリコットが乗っていました。あ〜、もう一度食べたい・・・。

もちろん、食事中のチャットについてもお話しなくてはなりません。
ユニースが持ってきた英語のボキャブラリーやイディオムを連想当てするゲームでは、私はたったひとつしか正解を得られませんでした。

そして明太子のパスタをいただいていた時、自分の失敗談をシェアしました。日本に来てまだ間もない頃、おいしそうなイクラを買いました。魚の卵なので焼いてみたのですが・・・。
イクラの影も形もなくなってしまったのです。
とても高級な食材を買ったのに〜と、とても悔しい思いをしたのを今でも忘れはしません。

みんながお腹がいっぱいになった頃、シマさんが私にお腹が空いていないか聞いてきました。それはなぜかというと、DCECにいる時はいつでも私はお腹が空いた、空いた〜と言っていたからです。
でも今回は違います。本当に満腹でした。。。

パーティも終盤に差し掛かり、アケミさんに贈る歌をVeenaが熱唱しました。アカペラでしたが、照明がスポットライトのようにVeenaを照らし、彼女の素敵な歌声にみんなが酔いしれていました。

このような素敵な時間を提供してくださったアケミさんに心から感謝いたします。
本当にありがとうございました。

 


◆本当にゴールドのように素晴らしかったゴールデンウィーク  
  by Tonette

質素なバックパッキングへチャレンジしようということから始まった素敵な体験談をご紹介いたします。全ては変化のために何かをしようという考えから始まった。それは、平凡な日々に新しい刺激を加えると同時に私たちの行動力を試すという何かでした。

はじめはハイキングを考えましたが、以前したことがあったので、バックパックを取り出し埃をはらい、新しい冒険の準備を始めることにしたのです。いつもなら、慎重な私は不安になりますが、去年の夏に3776メートルの富士山を征服してからは、“どんな高い山も本当にありはしない、どんな低い谷も本当にありはしない、どんな広い川も本当にありはしない”※、不可能なことは何もないという自信がつきました。

※“there ain’t no mountain high enough, ain’t no valley low enough, ain’t no river wide enough.”( Diana Rossの
"Ain't No Mountain High Enough"の歌詞からの引用)

そして5月2日、東京駅から南を目指し愛知県の大府駅へとローカル電車で向かいました。旅立ちは美しい夕方で、それ以降の旅のムードを決定しました。時間はあっという間に進み、たわいもない話をしながら電車を乗り降りする人たちを眺めていました。私たちは車内のアナウンスを聞きながら、乗換駅を間違えないよう非常に気を遣いました。なんと、毎回電車が止まるたびに首が伸びるような運動をしているようでした。

私たちの最初の滞在は、いつもとても優しく私たちが親愛をこめて“お父さん”“お母さん”と呼ぶ主人のホストファミリーを訪ねることでした。私たちが彼らを訪ねる時の習いになっているのですが、私たちが料理をして彼らに食べてもらいます。今回は“arroz caldo”という伝統料理で、日本のおかゆやイタリアンのリゾットのような生姜味の鶏ごはんスープでした。その晩は、心温まる家族全体との団欒で、彼らの満足した笑い声が言葉より大きかったです。

次の日、彼らは常滑へ私たちを連れて行ってくれました。イナックスのタイルミュージアムを含んだ、粘土と陶器のミュージアムを訪れました。どれもすばらしい思い出でしたが、陶芸を体験したことが一番でした。それは信じられないくらい楽しく、意外と簡単でした。初めての陶芸としては悪くなかったといえると思います。

5月4日金曜に、関西へ向かいました。景色も楽しみたかったので、親愛なるホストファミリーは京都へのドライブの途中、湖を見ながらのランチのため琵琶に立ち寄ってくれました。実際、景色が私たちの“うなぎ”や“そば”への食欲を刺激しました。そして、午後も半ばに金閣寺またはthe Golden Pavilion Templeに到着しました。
金閣寺を見るとひと目で、誰でも金閣寺がその名前の期待に添っていることに同感するでしょう。春の薄緑色のたくさんの葉がいたるところで屋根のように広がり、それを見ながら人はしばし呆然とせざるをえないでしょう。境内の雰囲気はとても穏やかで、都会の生活の中で失われた本質を感じました。時間に追われその1日を終え、ホストファミリーとお別れとなりました。私たちは神戸への特急電車に飛び乗りました。そして、とても親切な友人が私たちに宿泊場所を提供してくれました。彼女のアパートに到着するまでは、彼女の寛大さに気がつきませんでした。どうやら、彼女はその夜のため
に、隣に住んでいる親友とキャンプへ行く予定を立てていて、私たちは彼女のかわいらしいアパートを借りることになりました。これ以上、思いやりのあることがほかにありますか?そして、彼女は私たちを北野へ連れて行ってくれました。北野はヨーロッパ風の趣のあるお店があり、丘や曲がりくねった道に並び、外国の貿易相手が根をおろし、そこを居住地として選んだ昔の時代を連想させるような場所でした。そして、私たちは神戸のランドマークの花時計を見に行ったり、神戸の夜景を見るために市役所のビルに行ったり、神戸の新しいショッピングと食事場所である、キャナルガーデンとモザイクへ行ったりしました。そこはオープンスペースで、大きな建物があり、私にカリフォルニアのウォーターフロントを思い出させるほど海に隣接していました。断然、神戸は永遠に私の心を捕らえました。

時の経つのはとても早く、旅行最後の日になりました。モザイクで残りの少ない予算で食べられる神戸牛のランチを食べた後、友人に別れを告げて、大阪へ移動しました。歴史的に重要な大阪城でお茶をして、侍時代の芸術や物語を学び、地元のキビ味のソフトクリームの味を堪能しました。そして、旅の最後の締めくくりに、東京行きの新幹線に乗る前に、すごく勧められた“ふぐ”寿司を夕食として食べました。

今回の旅は短く、元気を与えてくれて、私たちは計り知れない程の豊富な経験を得ることができました。本当にゴールドのように素晴らしい、本当にお金では買えないものとなりました。

 

 

 

◆愛知万博での国連会議出席 Mattie

新しい世紀のはじめに国連加盟国は、満場一致でMDGs(新世紀発展目標) を設定することに道を開く新世紀宣言を採択いたしました。
その目標は、すべてのグローバル・パートナーシップにわたる経済発展と、 世界の最も貧しく、苦難に耐えている社会における生活を向上させるキー として、人類の発展を増進させるという国際社会の発展へのビジョンを達 成する約束を反映しています。

そして、その新世紀発展目標が掲げられた5年後の今年9月14日から16日に ニューヨークの国連本部で2005年の世界サミットが行われました。そこで は、国連加盟国の代表たちが発展目標の達成状況につき議論し、また2015 年までのMDGsの目標を決定するために集まりました。

ニューヨークでサミットが開かれているちょうど同じときに、その姉妹会 議が愛知万博のカナダパビリオンで日本と世界の学生が集まり開催され、 私はそのメンバーとして参加してきました。

世界のリーダーたちは、毎日$1未満で生活している10億人以上の人々につ いて、また小学校に行く代わりに働いている1億2千万人の子供たちについ て、毎日5歳の誕生日を迎える前に死亡する3万人以上の子供たちについて、 4千万人のエイズ感染者について、毎年TB(結核)でなくなる170万人の人 たちについて、安全な水が確保できない11億人の人たちについて、スラム で生活している950万人に人たちについて議論をし、その対策を討論しました。

そして、私たちの会議でも全く同じ事を議論したのです。

愛知での3日間の会議の間、私は今日の世界に影響する問題について世界 各国の人たちと意見を戦わせました。そしてその議論を通じて、私たちが 普段当たり前と思っている多くのことが、同じ地球の別の場所では当たり 前ではなく、毎日自分の生命の危険と戦っている人たちがたくさんいるこ とに気がつきました。

会議そのものは、重い議題と殺人的なスケジュールでしたが、最後に高校 生達のワークショップで締めくくられると私たちは5時間の自由時間を与え られ、万博の世界のパビリオンを見学することができました。
私は韓国のパビリオンを訪問し、民族舞踊を見、歌を聴き、太鼓のパフォーマンスを鑑賞しました。ドイツ館では、ミニ電車に乗っている間にバイ オテクノロジーについて学びました。そしてロシア館では有名なマンモスとロシアの宝石やクリスタルを見ました。

でも、私の万博見学のハイライトは日本館の360度のスクリーンでした。
それはまるで私が空高いところから海の深いところまで旅しているように 感じることができる素晴らしいものでした。

 

◆ラニィの ”a conference in Hawaii"

Governesses

It was just after my final thesis defense when my professor asked me to revise and submit my paper to a conference in Tokyo and Honolulu, Hawaii. Yes, Hawaii the biggest resort destinations in the Pacific. Upon reading this, maybe you are now starting to imagine yourself walking on the beautiful white sand of the famous Waikiki beach. But this did not happen to me. When I first heard my professor talking about the Hawaii conference, as a student pursuing academic career, I was happy but as a student who has limited resources, I was thinking of attending only the conference in Tokyo. The beautiful beaches of Hawaii did not excite me. While still having questions “Hawaii?? What other benefits can I get from attending a conference in Hawaii?” I eventually participated the Hawaii conference as advised by my professor.
I arrived in Hawaii one day before the conference. After checking all the things I would use for my presentation, I went out for a walk. Honolulu was really packed. It was Father’s Day. Special promos and activities for the day were all around; couples, families of different nationalities were everywhere. I had the impression then that Honolulu is not a place to walk alone. On my way back to the hotel, I happened to hear a little girl asked, “Daddy, Happy Father’s Day? Would you like some?” Her cute and charming voice made me looked around. I saw the little girl giving her ice cream to her daddy. The delighted father then gently kissed the little girl on her forehead. And that made my first day in Hawaii very special.
There are so much to tell about Hawaii aside from its beautiful beaches and good shopping places. The people were very friendly. Almost everyday I had a wonderful conversation with the locals and other foreigners. My visit to Hawaii was indeed worthwhile.
I almost forgot to tell, the conference and my presentation went all right.
 

 

◆サイリルの"The Kimono Experience"

Long before coming to Japan, I’ve always fancied getting a chance to wear the Japanese kimono, even own one. Whenever I would look at pictures of Japanese women adorned in their elegant kimonos I would sigh and imagine it was me donning those intricate attire. Needless to say, I was very thrilled to be given the opportunity to experience one of Japan’s exquisite treasures, twice nonetheless!

I almost squealed in delight when I learned that one of the activities of our Japanese conversation group would be to wear the kimono. I felt like a child awaiting her Christmas present! On the much-awaited meeting, I couldn’t stop smiling and thanking the Japanese volunteers for bringing their kimono and accessories so we foreign students can try wearing them. My Japanese was far from being good so I wasn’t able to ask all of the questions about the kimono that I’ve been dying to ask. However, observing the way they did everything (I felt like a baby being dressed all over again!), from the undergarments to the robe and sashes, gave me a general idea on how to wear the garments. The kind of kimono I wore was the furisode, the kimono with long sleeves, almost reaching to the ankles. This was the first time I learned about how the fabric, color, sleeve length, and the details of the obi and how it is tied vary according to the wearer's age, social status, marital status and season. I was so delighted to be wearing a kimono appropriate for my age and marital status. But my enjoyment didn’t end there. The Japanese volunteers requested a professional on tying the obi to come that day and tie the obi for us. Again, I couldn’t stop admiring the complicated way she tied the obi at my back. I kept looking and looking at my back through the mirror that one of the volunteers even took a picture of the obi for me. I couldn’t stop admiring the colorful design of the kimono robe and the obi and wish again that I can have one of my own! I had to settle with having my picture taken and walking outside with my fellow foreign students wearing the kimono. I must say it was a grand day for me.

I was still excited to learn during my home-stay program in Ishikawa-ken last summer that we would be wearing kimonos. The second kimono I wore was made from silk and had a less gaudy design than the furisode, although nonetheless elegant. I was told that this kimono with shorter sleeves, the tomosode, is worn by older women or those who have married. I was so thankful, again, that the kimono company staff was kind enough to take our pictures and give us copies. My host mother said I transformed into a married woman when I wore the tomosode! Now that’s something that doesn’t happen everyday.

So to speak, being given the opportunity to wear the kimono was a great experience for me. Not only was it a marvel for me, it taught me a lot about the culture of the country that was to be my home for quite some time. Indeed, coming to Japan has given me more opportunities to do one of the things I love most, appreciating artistic beauty and indulging in the Japanese culture reflected in its treasures.


◆Rizaの初めてのタクシー

こんにちは。Rizaです。
私の初めての恐怖の体験。それは、突然やってきました。

ある日、いつもより少し早く家を出てオフィスに向かいました。なぜかというと、その前日、電車が遅れてオフィスに着くのがぎりぎりになってしまったので、少し余裕を持って早く出たのです。

ところが、駅でいくら待っても電車は全然来ません。何かアナウンスはされていても、日本語なので何を言っているのかさっぱりわかりません。
後で確認したら何かのトラブルで埼京線が止まっていて、生徒さんも来るのに苦労したみたいでしたが、そのときの私には何もわかりません。

もうこのままではレッスンに遅れる時間になってしまったので、オフィスに電話をして状況を説明すると島さんは、「今すぐタクシーで来て!」と言うのです。

「エッ!そんな事言ったって日本語ができないのにどうしたらいいの!」

とまずパニック。その時は、タクシーに乗ったら携帯を運転手さんに渡して島さんが行き先を指示することで何とか切り抜ける事ができました。

ところがその運転手さん、走り出したらずっと日本語で話し続けています。
えー、どうしよう。やっとの事で「ワタシハ ニホンゴガ ワカリマセン」と言うと、今度は運転手さんがハ〜!と大きくため息。そして「私は英語がわかりません。」

その後タクシーがどこを走っているのか全くわかりませんでしたが、他の国では心配でも、日本の運転手さんは、わざと大回りしたりしないだろうと安心して乗っていました。

でも、最後にまた一つ試練が残っていました。
DCECは大宮のLOFTの近くにあるので島さんはLOFTのあたりまで、と運転手さんに頼んだのですが、タクシーはLOFTの前100mぐらいの信号のところで止まり、降りて歩きなさいと、人差し指と中指で歩く格好をします。

そこから歩くとまだ150mぐらいあるので、もう少し先まで言ってもらおうと遠くに見える赤い看板をさして、知っている日本語で「アカ。ミギ」と一生懸命言ったのですが、結局運転手さんはわかってくれずにそこでおろされてしまいました。クラスに遅れている私は、そこからDCECまで走るはめになりました。

初めての一人でのタクシー経験はすごく疲れるものでした。
でもこの出来事の一つのプラス面としては、やっぱりもっと日本語を勉強しなくっちゃ! という気持ちが私の中で芽生えた事でした。

 

 

◆憧れの着物体験 Tonette

皆さんこんにちは。Tonetteです。Ms.Tonette wearing Kimono
今日は日本の着物について、先週あった嬉しい出来事について皆さんに聞いていただこうと思っています。

昔から”Kimono”が日本の伝統的な衣装である事は知っていましたが、日本に来るまでは、あまり興味を持っていませんでした。というのも、写真で見た事があるくらいで、その時の印象は、せっかくの女性のセクシー?! さをアピールできない、形のない衣装というものでした。

それが、1999年に学生のときに初めて日本にきて実物を見ると、それまでの印象が一変しました。なんてきれいな生地なんでしょう。そして繊細な柄、小物とのコンビネーションなど細かいところまで本当に魅了されてしまいました。はやく自分で着てみたい、それが私の夢になっていました。

ところが、先週突然それが実現したのです。

DCECは7階建てのビルの5階にあるのですが、先週このビルの2階に着物のお店ができたのです。そしてオープンの日、その店がお得意様だけを迎えていたらしいのですが、すごく興味があったのでちょっと覗きに行ったのです。
そしたら、親切に同じビルのよしみで迎え入れてくれ、また、特別に来ていたらしいBig bossがスペシャルディスカウントをオファーしてくれたのです。

全然期待していなかっただけに、もう空にも上る気分。
早速次の日曜日に、husband を連れて行って買ってもらいました。
実は husband も今、日本で働いているのです。

今の夢は、お正月休みに着物を着て、神社に初詣に行く事です。今年のお正月、神社できれいな着物を着た女性たちに見とれていたのが、まさか自分が着物を着て神社に行く日がこんなに早く来るとは思ってもいませんでした。

でも、本当に自分で着れるのかどうか?
これが残されたチャレンジです。
なにか、いい方法を知っている人は教えてもらえませんか?

 

◆私の過ごしてきた Christmas & New year by Marie

私たちクリスチャンにとってクリスマスは1年の中でもとても大切な日になります。多くの会社でも12月の第二土曜日くらいにクリスマスパーティを行います。私が勤めていた会社ではホテルで盛大にパーティを行っていました。部署対抗でクリスマスキャロルコンテストをするのですが、賞品にキャシュが支払われるのでみんな一生懸命練習します。そしてパーティの中ではみんなでプレゼント交換をいたします。

クリスマスには本当にたくさんのプレゼントを買います。家族に友達に、会社の同僚にと私は20〜30個のプレゼントを買っていました。もちろんそんなに高いものではありません。

そして家庭では11月の第二週くらいからクリスマスの飾り付けをし、クリスマスツリーを飾って、1月6日のEpiphanyまで飾っておきます。

会社も24日の午後から休みになり1月2日までお休みです。
24日の夜は家族で過ごすとても大切な日です。夜10時から12時くらいまで教会で行われるmid night massに家族全員で参加し、その後真夜中のディナーをいただきます。チキンやケーキ、フルーツなどお腹いっぱい食べた後が、また楽しみの時間。もらったプレゼントをみんなでぜーんぶ開けます。

そして25日は、また、親戚や友達等を招いてパーティを行います。

12月31日は、クリスマスの時と同じように、夜の8時頃から教会のミサ(mass)に行き、その後、真夜中のディナーをいただきます。この時は、12種類の丸い果物が必ず出されます。apple,orange,grape,guava,peach,papaya・・・。
なぜ12種類なのかは私もよく知りません。

そして、12時になると家中の電気をすべて点灯します。花火(fireworks)を鳴らし、クラクション(horn)やトランペットなどを鳴らしてすごくうるさくなります。これは、悪魔の魂(evil soul) を追い払うためと言われています。

私は、その後朝日が昇るまで起きていて新年の朝日を拝んだ後、眠りにつくのを常としていました。

日本に来て初めて迎えたニューイヤーは、六本木の教会にミサに行き、新年は浅草寺におまいりに行きました。

◆海外のバレンタインデイ

日本ではバレンタインデイは女性から男性に愛を告白する日として、好きな男性にチョコレートを贈る日だそうですね。
更には、職場の男性に(あげないとひがむから?)しょうがないからあげる義理チョコということもあるみたいですね。

欧米など海外では、主に男性から愛するもしくは告白したい女性に花束やカード、お菓子などを贈るのが通常です。日本でチョコレートを贈るようになったのはチョコレートのメーカーがバレンタインデーに合わせてキャンぺーンを行ったのが起源だそうです。

では、もともとバレンタインデーというのはどのような日かご存知ですか。

バレンタインというのは西暦3世紀のローマのキリスト教司祭でした。
その時のローマの皇帝クラウディウス二世は、若者たちがなかなか戦争に出たがらないので、その理由を「彼らが自分の家族や愛する者たちから離れたくないからだと考え、結婚を禁止しました。

ところが、バレンタインは、兵士たちをみかねて、内緒で結婚をさせていたのです。それが皇帝に知られ、皇帝は、バレンタインに罪を認めさせてローマの宗教に改宗させようとしましたが、バレンタインはそれを拒否し、投獄され、西暦270年2月14日に処刑されてしまいました。

その頃のローマではルペルクスという豊穣(ほうじょう)の神のための祭が長い間毎年2月14日に行われていましたが、5世紀の終わり頃に、200年ほど前のちょうどこのお祭りの頃に殉教していた聖バレンタインがこのお祭りの守護聖人とされたのです。

そして、次第に、この日に恋人たちが贈り物やカードを交換するようになっていったのが今日のバレンタインデーにつながっています。
 

◆自分の人生は自分で創る

彼女達と仕事を始めて最初に驚いた事は、ホームページに自己紹介を書いてもらった時です。こちらから指示したわけではないのに、彼女達から出てきた自己紹介を見ると、

●「自分の選んだ道で一生懸命努力して実りある秀でた人生を送りたい」

●「ラックだけではなく自分の将来は自分が決められるという事を覚えていて欲しいです」

●「自分の運命は自分で切り開くものだと思います」

などと、みんなが自分の人生は自分の責任で作っていくのだという意識を持っている事でした。また、彼女達と話をしているとよく"career goal"という言葉を使います。

interview(面接)の時にも必ず

"What is your career goal in DCEC.(or in Japan)"

と聞いていますし、また、それに対して面接を受ける人もすぐに明確に答えています。私も今まで日本人の採用面接を数多く行いましたが、同じ質問をした時にすぐに明確な答えができる日本人はほとんどいないと思います。

これは、キリスト教の影響なのでしょうか。私にもまだよくわかりませんが、自分の目標をはっきり持ってそれに向かって努力をすることは、長期的に見ればその夢を実現できる可能性が間違いなく高くなります。

◆サインの文化とはんこの文化

これは、日本の印鑑と外国のサインの文化の違いから来る出来事についてです。

それはミズ.マリーがUFJ銀行に新しく講座を開きに行ったときのことです。

彼女達はサインの文化ですからはんこなど持っていません。口座開設申込書に記入して窓口に提出すると「印鑑がないと受け付けられません」といわれて困ってしまいました。
「英語で印鑑を作らなくてはいけないのですか。でもそんなもの作れるのですか。」彼女が途方にくれていると銀行の人が意外なことを言いました。

「別にあなたの名前でなくても何でもいいんですよ。シャチハタではない印鑑であれば。」
えっ!?・・・なんでもいい?
そのあとマリーは文房具屋さんに行ってはんのケースから適当に三文判を買って銀行に申し込みました。勿論彼女にはなんて書いてあるかわかりません。

見せてもらったら「齋藤」でした。彼女の講座名義は自分の名前なのですが確認のはんが「齋藤」。
DCECでは、これからマリーのことを齋藤さんと呼ぶことにしようかな。


印鑑にまつわることをもうひとつ。
同じく銀行でジュリータが講座を開設したときのこと。
カウンターに座って手続きを待っているとき、彼女はふと箱に入った小さな四角いティッシュを見つけました。

ジュリータ:「なんでこんなところに脂取りの紙があるんだろう。でもラッキー。もらっちゃえ」(心の声)

島     :「そんなのとってどうするの?それ印鑑を拭く紙だよ。」

ジュリータ:「エッ!!!」

彼女の真っ赤になった顔、目に浮かびます?
やはり外国人といっしょにいると楽しいですね。

◆国境って何?

彼女達にとって国境は、私達日本人よりもはるかに低いみたいです。

私たち日本人は家族や親戚一同みんな日本に住んでいるのが普通ですね。
最近は親戚の中に企業の転勤で世界各地に赴任している人がいることも増えてきましたが、それでもやはり日本の企業で勤め、また転勤で戻るまでの一時的な赴任地という感覚が強いと思います。

ところがこんなことは世界では一般的ではないようです。DCECのガヴァネス達の家族も
「お兄さんはアメリカにいて本人は日本で働いていて、おばさんはドイツでお店をやっていて友達は世界中にいる」というような事が普通にあります。

また、先日英会話講師に応募してきた子はオーストラリアで大学を卒業し、イギリスで学校の先生をしたあと日本に英語を教えに来たという子でした。

どれもこれも日本人には信じられない事です。
日本も国際化したといいますが、こんな事例を見ているとまだまだですね。みなさん早く英会話を覚えて自分の世界をグローバルに広げましょう。

◆大切な誕生日

あなたにとって誕生日ってどんな日ですか。小学生の頃はお友達を呼んでプレゼントをもらって、お父さんお母さんからもお祝いしてもらって、1年の中でも待ちどうしい日でした。年頃になると、彼氏や彼女と一緒に、ちょっとロマンチックなディナーなどに行って、これも楽しい一日です。
それが段々年とともにあまりお祝いしてくれる人もいなくなり、
「あー、また今日で一つ年寄りになった」くらいの日になって行きますよね。
私(Mr.Shima)の場合もだいたいそんな感じの誕生日を過ごしてきたのですが、去年はびっくりするぐらい違った1日になりました。

朝、出社してくるガヴァネス一人一人が私の顔を見たとたんに
"Happy birthday,Mr.Shima."とお祝いしてくれるのです。それどころか、その日に来ないガヴァネスもわざわざ東京からお祝いを言うために埼玉の大宮まで出て来たり、電話をしてきて"Happy birthday."と祝ってくれるのです。結局1日が終わってみたら全員のガヴァネスがお祝いしてくれてました。

日本人だけの職場だったらちょっとあまり無い事ですよね。また一つ文化の違いを感じ、ちょっと日本人が忘れかけている人とのつながりの大切さや素朴な昔からのお祝いをきちんとする事で感じる人の暖かさを感じた1日でした。

彼女達は家族をすごく大切にします。それと共に誕生日というのもすごく価値ある日と捉えていて、周りの人の誕生日も一緒になってお祝いしてくれます。そして必ず願い事(Wish)をしなさいと催促されます。

すごく暖かくて、こんなところは、日本人も見習いたいところです。
 

▲このページのトップへ戻る




〒330-0802   さいたま市大宮区宮町2-51 大宮蓮見ビル5F
TEL 048-649-6588   FAX 048-649-6589
お問い合わせはこちらまでどうぞ   info@delacruz-jp.com

デラクルーズ イングリッシュクラブ トップページ