DCECメソッドは入試にも役に立つ!?
今回は、ビジネスではなく英語の話をいたします。
英語のメルマガだからあたりまえか・・。(笑)
DCECのメルマガの読者の方は、もうデラクルーズ イングリッシュクラブの英語学習の仕方は、大学受験の時の学習の仕方と全く違うのをご存知だと思いますが、初めてご覧いただく方もいらっしゃると思うので、簡単に特徴に触れてみます。
〇「英語はコミュニケーションの道具」
〇「英語はヒアリングから」
〇「英語は体で覚える(右脳を使う)」
これを裏返せば、今までの英語の学習法と違って
「英文和訳しない」
「日本語で考えて英語に訳さない」
「英単語を単語として独立して覚える様なことはしない」
「英文を暗記しない」
ということです。
すなわち子供が母国語を覚えるときと同じように言葉をそのまま使うことで「体でおぼえていく」学習法です。
そのような考えのDCECメソッドを使って英語の学習をしていくと、皆さん必ず「ヒアリングが良くなった」とか「言葉が口から出るようになった」と実感されます。
でも一方で
「TOEIC受験やその他のペーパーテストには向かないんではないか」というご質問もいただきます。
DCECとしては、
「DCECメソッドをやっていれば英語を英語として使えるようになるので、TOEICのスコアも自ずと上がってきますよ。実際、DCECのラーナーの方のTOEICスコアは着実に上がっています」
と説明しています。
でも、なかなか納得できないかもしれませんね。
だって、長年やってきた受験勉強とは全く違うのですから。
ところが、今回それを証明していただくラーナーの方が出て来られたので、ご紹介したいと思います。
その方仁木幸男さんとおっしゃる、元は中学の数学の先生だったのですが、もっと教育について学びたいと学校を辞めて、現在大学の修士課程で勉強されている方です。
この経歴をお聞きいただいただけでもチャレンジ精神旺盛なのがおわかりいただけると思いますが、教育に対してすごく熱意があって、暖かいお人柄なのできっと生徒に人気の先生だったんだろうな、と想像できる方です。
この方が、昨年の9月に今度大学院の博士課程の受験をするのだが、英語に自信がないとおっしゃってご入会されてきました。
DCECは英語を使えるようになることには自信を持っていますが、大学院の受験のために入会されたのは、仁木さんが初めてでした。
そして、その仁木さんから木曜日に無事合格したという嬉しい知らせが届いたのです。担当のガヴァネスと一緒に大喜びしたのは言うまでもありません。
そして、ご本人からメールをいただいたのでそれをご紹介いたします。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
DCEC代表取締役佐々木良介様,Ms.Cecil,Ms.Veenaを初めとするガヴァネスの皆様,スタッフの皆様,一緒に学んでいるLearnerの皆様へ
おかげさまで,早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程,東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程に合格しました。ひとえに皆様の英語指導と励ましのおかげと感謝いたします。
私は群馬大学大学院教育学研究科修士課程に在学中ですが,ゼミの原書講読で例えば,
The exercise of choice per se cannot be seen as adequate
compensation for the loss of other human values such as
self-determination and health.
を訳すのに1〜2時間必要な英語力でした。もっとも57才で大学院に進学する前は,ずっと公立中学校の数学教師をしていて,30数年ぶりの英語ですから当然です。これまで英語を学ぶ必要は全くなかったので,すでに英単語は代名詞くらいしか記憶に残っていない有様です。子どものお下がりの英語辞書も,年齢のために老眼鏡がないと読めないことを初めて知りま
した。exerciseを引いて「実行」,choiceを引いて「選択」,per
seを引いて「本質的に」,adequateを引いて「十分な」…………,やっと「選択の実行は,自己決定と健康のような他の人間の価値の損失の十分な補償として本質的に見ることはできない。」と英語を日本語に置き換えてはみたものの,いったい何のことだかわからない状態でした。see
as … が
「〜を…のように考える」という意味であるとか,exerciseは権利を行使することというようなゴシックでない訳語などとうてい目に入りません。
そこでどうすれば「選択権の行使が,自己決定と健康のような人間の他の価値の損失に対する十分な補償として本質的に考えることはできない。」,さらに「選択権を行使する代わりに自己決定権や健康権を失ってしまえば,たとえ選択権を行使できたとしてもとうていその損失の補償はできない。」という程度の訳文までできるのだろうかと思案していた。
一方で,上の英文より平易な英文,例えば
If we take the view that we are a part of nature, the our actions,
such as industry, can be called natural too and so environmental
problems can be said to be natural. If we want to survive on the
earth, we have to change our consumption-centered
life-style.を訳すのにも1〜2時間かかる。この原因は何なのだろうか。
第一番に考えたことは,自分の英単語力が全くないことである。だから2種類の英文のどちらも同じ程度に辞書を引かなければならないので,英文の難易にかかわらず同じ時間がかかってしまう。しかし,英単語集の丸暗記は高校生時代でもできなかった。ましてこの年齢では不可能である。例えどんなに記憶方法を工夫しても,単に記憶する作業にもはや私の年齢では堪えることはできない。どうすればいいのだろうか。
そこで第二番目に考えたことは,読解力をつけるためには英国人が日常使用している英文,英単語を憶えればよいのではないだろうかということである。
訳語の暗記でなく基本的な単語・英文に対する感覚が身について,平易な英文を読むスピードが上がるのではないだろうか。そうすればたとえ難解な英文であっても,大まかな意味は取れるのではないだろうか。ではごく基本的な単語・熟語・表現に対する感覚を身につけるためには,どうすればよいのだろうか。しかしこれにしても暗記という機械的な勉強がつきまとい,将来暗記が苦手な私には難しそうに思える。
さらに,この頃博士課程へ進学したいという希望があった。しかし希望する教育学の博士課程進学には入学試験があって,どの大学でも英語が必ず課せられる。しかも私の場合はすでに退職しているので,社会人入試の英語なし受験ができない。もちろん修士論文の出来不出来や論文に関する口頭試問,専門に関する小論文のもあるが,例えば早稲田大学は第一次試験が英語だけの試験である。どうしても英文を読むスピードをいくらかでも上げ,少しでも読解力をつける必要があった。
そこで第三に考えたことは,大学受験英語参考書,例えば英文解釈,英文法を学習することである。書店に行っていろいろ手にしてみたが,どれも続きそうにない。この年だから内容が面白くなければ,読破した上に頭に叩き込むのは無理がある。若い人の水を吸い込む上のような頭はすでにない。しかも教育に関連した題材が多くなければ,挫折するに決まっている。
そのころ偶然毎日新聞紙上でDCECを知った。さっそく訪問し,佐々木取締役代表にお会いして博士課程進学の意向を伝えて,少しでも英語に対する感覚をつけたいと相談した結果,DCECに入会することになった。ガヴァネスによる英会話テストの結果,9月中旬に私は一番初級のNoviceコースの学習を開始した。
最初Ms.Cecilの言葉は理解できないし,それに英語で答えることなどとうてい無理があった。なにしろ「グットアフタヌーン」「シーユアゲイン」程度の英語力なのだから。ヒヤリングに至っては中学・高校と英会話が出来ない先生(今では考えられないことだが当時はそれが普通であった)に教わったので,
Ms.Cecilのぺらぺらしゃべる英語が全く聞き取れない。何回「パードン」(これとて言えるまでには1ヶ月を要した)を繰り返したかわからない。それでも笑顔で,しかもより平易な表現で,ゆっくり繰り返してくれた。私が単語で答えると,文でと答えるように促した(Ms.Cecilの言っていることがきちんと聞き取れたわけではないが,文で答えるまで何回も聞かれたからそう思った)。
正直私の英語力はこの程度であった。ラジオでFENを聞いても,全く聞き取れず,唯一時報を告げる「テンオクロック,プー」だけが聞き取れるだけであったのである。
その時,一緒だった妙齢のlearnerのお二人が,海外に住んでいるお孫さんと英語で会話がしたくて一生懸命励んでいる様子を見て,私もここで投げ出さずにやらなければと,何度励まされたかしれない。もちろんレッスン前の短時間,佐々木取締役代表が声をかけてくださり,その都度励ましてくれたことも大きい。特に声を大にしてがんばれという励ましではなく,私の話をよく聞いて,静かにご自分の体験を一言お話になるのだが,私にとってはとても励みに
なった。
やがて私もレッスンになれてきたが,いろいろな都合で曜日が変更になり,Ms.VeenaのUpper Novice
Levelにクラス変更になった。何とNoviceの前にUpperがついている。急にテキストの単語は難しくなり,またMs.Veenaのスピード(彼女の話すスピードと頭の回転のスピードとレッスンのスピード)についていけない。ある事柄について自分の意見を言う場面では,その指示すら聞き取れない。ましてや学習場面で自分の考えを述べる習慣のない日本人の私
にとって,日本語で自分の考えをまとめて,それを英語に直して………しばらく沈黙が続く。何度こう聞いているんですかと,一緒のlearnerに助けを求めたことか。learnerも迷惑な顔をしないで,「そうですよ」,「これこれみたいですよ」と助けてくれる。予習してあるテキストの本文を読むのは何とかなったが,配られるペーパーのどこどこを読みなさいと指示される。「読みな
さい」は聞こえるのだが,どこどこが聞き取れない。そこには単語の意味が書かれている。例えば,
Developed country―adj., is one of the rich countries of the world
and has many industries, comfortable living for most people, and
usually an elected government
と書いてあり,それを読むのだが,Ms.Veenaのレッスンについていくためには,頭から読む順に理解しなければついていけない。初めは指示されてただ読むだけでやっとだった。意味など取る余裕は全くない。ところがMs.Veenaはたぶん顔色とか声の調子で理解しているかどうかを瞬時に判断して,解説を加えたり,別の表現で言い替えたり,黒板に板書してくれる。それを全く自然に流れるように行う。みごとなものである。何よりも救われるのは,最後は大きな笑い声で「ワッハハ」。
これがいい。何かこちらもわかった気になってくる。そうこうしているうちに,ゆっくり読めば何とか意味が取れるようになった。
時々,本当に時々だがMs.Veenaの言っていることが聞き取れ,スラッと答えている自分に驚くことがある。余計なことまで話そうとしている自分に驚くことがある。思わず「あれしゃべれちゃった」とつぶやくと,一緒のlearnerが「自然でしたよ」といってくれる。
4ヶ月が過ぎた1月頃から,あることに気づいた。それはDCECのテキストに出てくる単語と,大学のゼミで読んでいる原書に出てくる単語が共通しているのである。しかもその単語を辞書で引くとCランク(大学生・社会人に必要な単語)とかDランク(Cに次ぐ頻度の語)の印がついている。当然私はBランク(高校基本語4800語)どころか,Aランク(中学基本語1100語)さえあやふやなので,辞書を引くことになる。例えば,
Even though the numbers of children are declining, Japan has
many elderly people.
のdeclineを引く。しかしそこには,○他−人が招待・申し出などを丁重に断る・・・を傾ける、名詞・代名詞・形容詞を語形[格]変化させる○自-人が丁重に断る、土地などが…の方へ傾く、体力・健康などが衰える;価値などが低下する;国家などが堕落する;物価などが下落する,更に名詞の訳語が並んでいる。いったいどの訳語が適当なのだろうか。ところがテキストも原書も
「人口が減少する」という意味で使っていることに気づきだしたのである。そうか,declineは人口などが減少することを表すと記憶すればいいのだ。
もう一つ例を挙げると,extinct.
According to statistics, Japanese people will become extinct by
3010.辞書にはextinct -火・灯りなどが消えた、望みなどが消えた、種族・家系などが絶えた,絶滅した、信仰・制度などがすたれた,と載っている。しかしテキストも原書も-種族・家系などが絶えた,絶滅したの意味で使用しているのである。たぶんdeclineは人口などが減少する,
extinctは種族・家系などが絶えた,絶滅したという用い方をすることが多いのだ(ただし,このことが正しいかどうかはわからないが,少なくとも私が自分の専門分野の文献を読む場合にはこう言える)。こういった英単語の感覚が少し生まれてきたようだ。
12〜1月は,修士論文,修士論文概要書,研究計画書等の作成,修士論文最終審査(口頭発表・口頭試問)で猛烈に忙しかったが,DCECは休まずに続けた。今でも自分では自分の英語力が進歩したことをはっきりと意識できているわけではないが,少なくとも入学試験に合格したのだから,かなり進歩したのだろう。いまだに私の殆んど聞き取れないヒアリング力,たどたどしいスピーキングは,とても進歩を自覚できるような代物ではない。しかし,9月には考えられなかったことだが,入試英語問題は時間に追われることなく,決して十分ではないが何とか解答にこぎつけた(出来不出来は全くわからないが)。これは単語力とか,文法力とか,構文解釈力の向上とは違った,私がDCECに期待していた英語に対する感覚が,自分では自覚できなくとも,幾分かでも身についた証ではないだろうか。
辞書を引かないで,子どもが言葉を覚えるように,英文を見ないで毎日2回CDを聞いて,毎日1回声に出して読むといったDCECの英語学習に頼った私は,一般的な受験方法とは違った受験英語の勉強をしたのだが,自分にはとてもよかった方法であったのだ。DCECの「英語はヒアリングから」「英語は体で覚える(右脳を使う)」学習法が合格という結果をもたらした。しかし受験勉強らしからぬ,いや決して受験勉強でないこの学習方法が今でも不思議である。こんなんでいいのかとさえ思ってしまう。しかもDCECに通うことがつらいと思ったことはありません。楽しくさえあります。
正直に告白すると,DCECの学習法を一つだけ守らなかった。それは,STEP1の「まず,日本語訳を読んで何が書いてあるのか全体のイメージをつかむ。」のところである。新しい章に進む時,最初の日だけは徹底的に辞書を引き,知らない単語は訳をテキストに書き写し,発音記号を書き写し,文章の構造も辞書を片手に納得するまで調べた。辞書を使わないDCECの学習法を守らなかった。しかし,それは最初の日だけで,それ以降のSTEPはテキストを見ないでヒアリングを繰り返し,1日1回の音読というDCECの学習法に従った(初めはCDを聞いていても殆んど聞き取れないので,テキストを見ながら聞いていたが,佐々木代表取締役に止められてしまった。今でもよく聞き取れないのだが。)
おかげさまで目標を達成することが出来ました。本当にありがとうございました。今後は,私自身の研究活動の範囲を少し広げようと思っているので,恐らく忙しくなりますがDCECには引き続きお世話になります。
2005.2.16 仁木幸男
|